六畳の奥まで冬の日差しかな
辞世の句にも登場する糸瓜
子規の食事
鶯谷の子規庵に行きました。鶯谷のラブホテル街の狭間にひっそりとと佇む正岡子規の終の棲家、、、。古い小さな日本母家には、子規が愛用した座卓が庭の糸瓜に向かって置いてありました。
結核で胸に強い痛みのあった子規は机の一部をくり貫いて片膝がたつようにして痛みに耐えながら最後の最後まで俳句を作り続け、34歳の若さで亡くなりました。この建物は震災で一度燃えてしまった後、再築された建物ですが当時とまったく同じ間取りだそうです。
館の女性が「今、ビデオが壊れていて解説がないので、私が説明しますので何でも聞いてくださいね」と言われ色々なお話を聞くことができました。「私が子規さんの事が好きなのは試験が大嫌いで落第ばかりしていた所」と笑っていらして、とっても微笑ましかった!
私も子規の人間くさくて挫折だらけの、でも好きな事に命を賭けた人生に共感して興味を持ったので、、。(まあ、当時四国の松山から天下の東大に入ったというのはそれだけで秀才中の秀才なのですが、、、)
夕暮れ時、良く手入れされた綺麗な庭を見ながら一句と思ったのですが、悲しいかな何も思い浮かばず、でもとてもとても癒され館を後にしました。



















